熊本の結婚相談所むつみ会のブログ

結婚ロマン館への招待・その①

海を隔てたアメリカという国で、時ならぬ
”ショーヘイ・オータニ・ブーム”が巻き起こりつつあり
ます。
でもこれって、ただの一過性のブームなのかなあ?
どうも違うような気がするんです。敵も味方も巻き込ん
での、国境や野球というスポーツやなんかの垣根を飛
び越えたようなこのブームは、ホームランの数とか、投
手との二刀流とかがスゴイというハナシでは見過ごせな
い気がしてなりません。
その昔、文豪夏目漱石が、旧制五高(熊本)の英語教師
だった頃のエピソードがあります。
漱石は学生たちにことあるごとに語っていたそうです。
「日本は熊本より大きい。世界は日本より大きい。
しかし君たちのはその世界より大きい。なぜって、君た
ちのアタマの中には宇宙があるからだ」。
この話が大好き。エラそーに教訓を垂れてる感じじゃな
いし、学生たちに媚を売ってるんでもないし、本当に
そう感じてる。
優等生だけに言ってるんじゃなくて、いやむしろ優等生
じゃない青少年に向かって発信してる感じ。
”君は宇宙なんだ”
教育なんてその一言で済んじゃう気もするんですね。
これをもってなんというか?というと、、、、
僕はこれこそが”ロマン”なんだと思っています。
同居してる七歳と四歳の孫の成長を見ていると、つくづ
くとそれを感じます。

<大谷翔平ってなあに?>

”ショーヘイ・オータニ・ブーム”というのは、
彼のアタマとかココロの中に芽生えたロマンから生まれ
たものに他ならないと思います。
身体的要素から言えば、日本人である彼は白人や黒人には
事実遠く及びませんこれはどうしようもないことです。
現に日本でゴジラと言われた松井秀喜も、世界の逸材が集
まるあの舞台では、一シーズンだけ31本のホームランを打
ったきりでした。
大谷翔平はシーズン半分で33本、ホームランダービーを
二位に五本差をつけて独走中です。
それも投手としてはチームの大黒柱であり、盗塁数もリ
ーグで二番目を争っています。
みんながありえないことだと思ってる、色んな意味で。
こんなのってアンビリーバブル、漫画の世界みたいだと
思ってる。でも、そんな光景が今目の前で日々繰り広げら
れている。
こうなるともう今までの自分の常識を疑うしかなくなっ
てきます。それがロマン、なのだと思ってしまうわけで
す。皆さんはどう思いますか?

<大正浪漫>

ロマンとは、、、、、
何ものにもとらわれない心の持ち方のことなのでしょう。
何かにとらわれると、迷いが出る。迷いが出るとできる
はずのこともできなくなる。
誰にでもできることさえできなくなったりする。
でも一片の迷いもないと、誰もできなかった、できなかっ
たからこれからだってできるはずのないのないことだって
できるようになる。それがロマン、なのだと僕は信じて
います。たとえできなかったとしても、それがどうした
と言いたい。得るものは大きいが、失うものはない。
どんなカタチのものになるかは知る由もないが、それだ
ってロマンの一つの顔なんだと思います。
むつみ会結婚相談室を52年前に始めた母は大正生まれで
した。「大正ロマン」と言われたあの時代です。
今でこそ(真の意味における恋愛かどうかは別にして)恋愛
と結婚とセックスがワンパックになった
”ロマンチック・ラブ・イデオロギー”の時代ですが、我が
国では”大正浪漫”が入ってくるまで、恋愛という観念その
ものがなかったのです。
母は大正生まれですから、夢多き文学好きの少女として育
ちました。
生まれ故郷は、佐賀県の日本海に面した小さな岬の、
それでも活気と情趣にあふれた、呼子という港町です。
ぽんぽん船が出入りする波止場に寄り添うように、木造の
大小の宿が軒を連ねていました。近隣の地の保養の場でも
あったのでしょう。
江戸時代から続く朝市はとみに名が知られておりますが、
旧い銛突きの捕鯨が行われていた、珍しい港でもあります。
大漁の捕鯨船が港に入ってくると、弾むように鐘の音が町
中に鳴り響き、どこそこから人々が集い、小さな波止場に
群衆の大きな塊ができ、大漁を祝う声また声で賑わいまし
た。
そんな古き良き時代の娘時代の話をする時だけは母の顔も
輝き、声が弾んでいました。
母はよく少女時代の思い出を幼い僕に話してくれました。
「マッちゃん(波止場にある老舗旅館の娘で母の幼馴染)
とねえ、岬の灯台の下の丘で、海を見ながらいろんなこ
とを語り合ったの、、、、」
そうそう、美空ひばりのこんな歌を思い出します。
・・・・・・
うらうらと 山肌に
抱かれて 夢を見た
あの頃の想い出は
ああ 今いずこ
・・・・・・
・・・・・・
晴れた日は 晴れた日は
船がゆく 日本海
海の色は碧く
ああ 夢は遠く
・・・・・

<夢を叶える>

成人した母は玄界灘から東シナ海を越えて、上海の父の任地
に嫁ぎました。呼子という小さな港町から、当時世界一の
大都会と言われた街へ、単身渡海して行ったのです。
その街で僕の姉二人は生まれました。
上海での10年の暮らしは母にとって生涯忘れがたいものに
なったようです。
そこでは、世界各国の租界が立ち並び、中国人に混じって
いろんな国の言葉が飛び交っていました。
特に父と母には中国人の知己が大勢できたようでした。
戦争が終わった引き揚げ船の上では、彼らとの別れが悲し
くて涙が止まらなかったと話していました。
日本に帰ってからまさに波乱万丈を絵に描いたような人生
でしたが、そんな人生の最後になって、このむつみ会結婚
相談所を立ち上げようと思い立ったのです。
当時としては同業者どころか、皆が皆、それってなんだ?
と首を傾げたくなるようなベンチャー起業でした。
そんなものに父母を追い立てたものとは何だったのかと
よく考えます。
まるで荒波に小舟を漕ぎ出すようなものでした。
それをあえて決断させたものとは、やはり二人の中に眠っ
ていたロマンだったのだと思うのです。
実際、熊本放送局前の10坪余の貸しビルの一室から、どれ
だけの新しいカップルが巣立ち、家族と家庭の物語が紡が
れていったかを思うと、胸に迫ってくるものがあります。
父は早くになりましたが、母が密かに思い描いていた大き
な夢とはこれだったんだなと思うのです。
        ・・・その②に続く

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