いつか逢いたい人がいる。二度と逢えない人がいる。
あなたにはそんな人はいませんか?きっといるはずです。だって、誰にだって
いるのですから。
それがひょっとして生きているということかもしれません。いや、生きてきた
ということなのかな?
若いときには、いつか逢いたい人がいて、その人が異性であれば結婚して一生
を共にしたいと思うかもしれません。
でも、年齢を重ねるにつれ、いつか逢いたい人の代わりに、二度と逢えない人
ばかりが増えてきます。でも、、、、
私にも、あなたのお父さんやお母さん、お祖父さんやお婆さんにも、青春のど真
ん中はありました。幾星霜を超えて、誰にだってそんな、切なくなるような日々が
横たわっているはずです。
今から遡ること半世紀、”サクラマチ”として衣替えするまでの、”熊本交通センター”
そんな甘酸っぱい思い出がいっぱい詰まっている不思議な空間でした。
西日本随一の乗り合いバスの一大集散拠点として殷賑を極めたものでした。まだ今の
ようにマイカーが当たり前ではなかったので、想像を絶するような活気に溢れていま
した。
早朝から夜遅くまで引も切らずに四方八方から、引き寄せられるように無数のバスが
停車しては、また四方八方に旅立っていきました。
センタープラザと呼ばれた広い地下街の縦横に伸びた通路の両側には、地場の主だった
小売店がずらりと軒を並べていました。
またそこは無数の買い物客の憩いの場でもあって、中程にある”観音の泉”の前はいつしか
若い恋人たちの待ち合わせの場となっていました。
日がな逢瀬も暮れる頃合い、別れのバスのテールランプの後ろ影を見送る
プラットフォームでした。
そのとき「女」はバスの窓から、闇に包まれてゆくプラットフォームにポツ
ンと佇む「男」の姿を見ながら思いました。
「もう二度と逢えない」
「男」は落ちていくような孤独と、震えるような悲哀を噛み締めながら思い
ました。
「もう二度と逢うまい」
出会いと別れのドラマの中で、私たちの青春は暮れていきました。
いつか逢いたい・・・・・二度と逢えない・・・・。
あなただっていたはずです。いつか逢いたい人が。
ねえ、何人と出会えたのかなあ?その”いつか逢いたい人と。
そしてあの日が暮れたように、今私らの人生もいつしか黄昏れて
しまいました。真っ赤な夕日を背中に負いながら、私らは年々歳々
”二度と逢えない人”になってきました。
今は亡き父と母がむつみ会結婚相談室のオフィスを開いたのもちょうどその頃。
場所も場所とて、熊本交通センターから歩いて五分ほど、雑踏から抜けた
静かな山崎町の大通りの、当時のRKK放送局の正面玄関の前にある貸ビル
の三階でした。そこで何組の新しいカップルが誕生し、巣立って行ったこと
でしょう。
さて・・・・・
色恋とは所詮一時の気の迷いだ、なんて年齢をとると賢しらにつぶやいたりし
ます。でも、そのひと時一瞬が本物の輝きを放つことだってあります。
利口ではないと知りながら、純粋な欲に抗えなく無くなることがあります。
むろん私にだってありました。
僕と妻の出会いだってひと時の気の迷いだったのかもしれません。
だったのかもしれませんが、ひと時の気の迷いで結婚し、ささやかながらも
家庭を築いて、子をなし、今では孫たちも一緒に、一つ屋根の下で賑やかに
暮らしています。振り返れば四十四年もの歳月が音もなく流れていました。
でも青の頃の思い出は七十六年の人生航路の中のかけがえのない宝物の
ように思われてなりません。
年齢を重ねるにつれ、余人に漏れずだんだんと忘れっぽくなります。でも
そうなればそうなるほど、輝きをいや増してくる思い出があります、つい
昨日のことのようにです。時間の長い短いとは一才関係なく・・・・・
いつか逢いたい人がいる。二度と逢えない人がいる。
どうかあなたもそのひと時一瞬を、大切にたなごころで温めてください。
幸せを呼ぶ青い鳥のヒナを育てるように、本物の輝きを忘れないように
してください。

























