<ネガポジ>
ネガっていうのは元々は写真用語で陰画のこと。
白い部分と黒い部分、明るい部分と暗い部分が
逆になってる。それを写真屋さんに持ってて現
像してもらって、ちゃんとした写真(ポジ)になる(面倒臭い)。
でも今はみんなデジタルだから、ネガもポジもない。
いや、”ネガ”はなくって”ハナっからポジ。
”ネガ”というのは多分”ネガテイブ”のことで、”ポジ”というの
は”ポジテイブ”。いうまでもなく”ネガテイブ”は悪口で、”ポジ
テイブ”は褒め言葉。でも明るい、白い部分は、暗い部分や
黒い部分がなければ存在しない。なのに、みんなが”ネガテイ
ブ”なものなんて世の中からなくなればいいと思ってる。ポジテイ
ブ志向だけがもてはやされて、ネガテイブ志向はゴミ箱に捨て
られるだけである。
だから、実を言えば、世の中が限りなくおかしなことになってる
、、、のだと思う。大体が、世の中なんて白と黒だけで成り立っている
わけじゃない。色彩もそうだが、全部がつながっている。全部がつな
がっているのに、白と黒だけで物事を割り切るのは非科学的なことだ。
なのに科学が発達すればするほどいろんなことが白か黒かで判断さ
れるようになった。
右翼と左翼というのもそう。右翼でなければ左翼、左翼でなければ
右翼。それでしょっちゅう喧嘩ばかりして、挙げ句の果ては殺しあう。
美人じゃなければブスだし、デキる子じゃなければ落ちこぼれ。それ
で世の中がうまく回ってる、ように見えてたが、やっぱり限りなくおか
しくなってきた。
作家の金原ひとみさんの居住地フランスからながめると、、
「今の日本の、前向きに前向きにという風潮はまるで呪いのよう。私
は100%のネガティブパワーを全力で書いてみたい。そこから生まれ
る未来がきっとある」。
(金原ひとみ著:マリアージュ・マリアージュ)
金原さんの眼に移住先の仏で映った日本の前向き思考は、高度経済成長
時代の余韻だ。そこでは彼女には前向き思考というものが呪いのよう
に見えたらしい。真っ直ぐで、ひたむきで、常識的(多数決的)で、
ヘルシーであることがよしとされる。
しかし、人間は放りぱなしで叡知に向かうわけでも何でもない。近代文明
の発展進化信仰なんてもうとっくに過去の遺物でしかない。毒にもならない
ものは薬にもならない。人間はポケットに劇薬をしのばせてカタルシスを
得たりするもんだ。物事を立体的に見るには複眼が不可欠だろう。
思えば愛情は一瞬にして嫌悪にバケたりする。そして化けた奴は墓場ま
でついてくる。三十年前はあんなに愛していたのに・・・。
不可逆的な悲喜劇。それは前向き思考の逆襲なのかも。ムリしちゃいけない。
わざわざ長い長い時をかけて顔も見たくなくなるという静かなる憎悪のカ
タチ、人生の白紙化、主人公不在の物語、主語のないセンテンス、ああ、熟
年離婚よ!呪いの呪縛から自由になれ。
ネガティブって別に後ろ向きに歩くって意味じゃなく、回れ右(別に回れドッ
チでも、上でも斜めでも)して歩くって意味。バックステップってのもあるし。
<中島みゆきが言いたいこと>
あの中島みゆきはネガティブシンガーで、いつも懐に劇薬を忍ばせている
それが彼女の作品の隠れたアクセントになっている。
彼女の歌が人を魅了してやまないのは、それが人たちの自覚症状のない心の影
の部分を刺激するからだ。「地上の星」は地上に蠢いている無名の報われないけ
ど健気な人々の姿だけを見ているだけではない。そうならざるをえない時代を
俯瞰している。空高く飛んでいるツバメはそんな彼女のマクロな視
点を託したものだ。
フラれた相手(恋人)の背中を見送るのは切ない。フッた奴はポジで、
フラれた奴はネガか?ホントに~?
フッた奴は自分を愛してくれる人を失い(もったいない話だ)、フラれた
奴は自分を愛してくれない奴を一人失っただけ。ルンルンルン。
勝利と敗北、光と影、さてどっちがどっち?。
フッた方はもてるんだという優越感だけの一方通行の道だが、フラ
れら方は恨んだり、悔やんだり、絶望したり、気を持ち直したり、
そりゃ悩ましい。
むかし話だが、女性のフレンドに告白された、、、、とつい思った。
「カレにフラレちゃった」。
なんで俺に~?アホか。でも僕はめげずに言った。
「うん、よかったね」って。
「オンナはフラれたオトコの星の数だけモノホンのオンナ
になるんだ。うん、化けの皮の剥がれない女になる」。
すると彼女も間髪入れず切り返してきた。
「じゃあ、ノダさんは今までどうだったの?」
僕はやや間を置いて答えた。
「そういえば、俺の場合はフラれたオトコ・・じゃなかった
オンナの星の数だけ自信を失ったな~」わけわかんないよな~。
愛っていうのは灯かりにたとえればどうなるのかな?照らすこ
と?それとも照らされること?
僕たちが住んでる場所(都会)は日が暮れると煌々とどこもかしこ
もイルミネーションに照らされる。あれで感覚がマヒする。自己宣伝
、欲望、エゴ、意識過剰・・・
どうも愛というものの大半はイリュミネーション。周囲を照らす
という思いはどこにいった?

















