「ずいぶん賑やかねえ」
「ええ、日本で一番賑やかな通りですから」
「みんな幸せなのかしら？」
「そうですねえ、少なくとも不満はないでしょうね」
「・・・不満がなければ幸せなのかしら？」
「・・・・・・・・」
　　　　　　　　　　映画「お帰り寅さん」より
もし不満がないのに幸せでないとしたら、どうなんでし
ょうね？不満があれば不幸せなんだろうし、、、。
男はつらいよシリーズが進むにつれポジションが微妙に変
わってきます。寅さんは相変わらずですが、周囲が変わって
いくのです。
周囲の通俗化がめだってきて、寅さんの住んでる人情世
界自体が現代社会へのアイロニーとなって翳を落とし始め
ます。
人情とはお互い様精神で、心のゆとりのことをいいます。
主観と標準化はあくまで例示であって、その他諸々が一
般化されてどうも世間が狭くなっているような気がする
のです。
誰も彼も退屈な良民に化けなければ生きにくい世の中で
異質な存在を許容できなくなったような。一言でいえば、
何もかにもがクソ面白くもない。
毎日がクソ面白くもなければ不満はないかもしれないが、
ただそれだけってことなんでしょうか。
ってなわけでつい訊いてみたくなります、余計なお世話な
んでしょうけど、
いま、アナタ、幸せですか？ほんとに、、、、？
、
小学校四年生の頃の忘れがたい思い出がよみがえります。
我が家のすぐそばに若いお兄さんとお姉さんの素敵なカッ
プルが引っ越してきました。
「ねえ、引っ越してきたと？」
「ええそうよ、みんなこの辺りの子？よろしくね」。
とお姉さんの方が応えました。お兄さんの方もニコニコし
て僕たちの方を見ています。
何かしら見知っている大人たちとは違うオーラを漂わせてい
いる二人でした。
リヤカーに荷物が乗っかっていました。でも引っ越し荷物
にしては随分お粗末です。一組のお布団の他にはこれとい
うものもないので、荷台の半分は空いていました。
「ねえ、運ぶの手伝いたか」。
「あら、嬉しい！ってもこれっぽちだけどねえ」。
僕たち近所の悪ガキトリオは喜んで”これっぽち”の家
財を賑やかに運んで加勢しました。
二階の踊り場にハシゴのような階段があって、ぎしぎしと
小さな悲鳴のような足音をしのばせながら上り詰めると、
そこが彼と彼女の新婚の旅立ちの住まいなのでした。
採光といえば、斜めになった天井と床の間の僅かな壁面に
申し訳のように小さな覗き窓があるばかり。
出入り口は大人が背を屈めて通れるくらいですから、家具
を搬入するなんてとんでもない。
でも幸いな？ことにそんな大層なものは金輪際なかった
のです。
今の皆さんはご存知ないと思いますが、林檎箱という重宝
なものがありまして、それがテーブル代わりです。
段ボールがまだなかった時代で、鉋もかけてない杉材をい
かにもぞんざいに釘で打ち付けて長方形の箱形にしたもの
です。昼なお暗くて、天井は低いし，狭くてじめじめ・・・
それが新婚ホヤホヤのふたりの新居でした。
悪ガキトリオはそれから毎夜のように、そんな二人の部屋
に遊びに行きました。
やってくるのが少し遅くなったりすると、お姉さんがわざ
わざ誘いに来てくれました。
遊びといっても何があるという訳でもありません。トラン
プが一組あるだけ。晩秋の肌寒い屋根裏部屋で笑い転げな
がら、五人は時を忘れるように過ごしました。
やがて春が来て、お兄さんがどこか遠くへ転勤することに
なりました。あのお別れの日の寂しさは忘れることがで
きません。またあの半年足らずの日々は今持って忘れがた
い思い出になっています。
あのお姉さんとお兄さんも、お婆さんお爺さんになって、
あの世でもきっと仲睦まじく暮らしているに違いありませ
ん。僕たちもケッコーなジイさん連になりましたけど、
あなたたちも、あの半年の思い出の日々を時には懐かしが
ってくれるでしょうか？
、
あれから二十年後、小坂明子の『あなた』がヒットした時
すごい違和感がありました。
あの歌で若い彼女が夢見ている世界と、その屋根裏部屋
の世界とのギャップの大きさ、、、とっても複雑な感情が
ありました。
そこには白い家も、大きな窓も、古い暖炉も、ブルーの絨
毯も、真っ赤な薔薇も、白いパンジーもありませんでした。
小坂明子とその彼女は同じ年代でした。
がらんとしたその部屋にあるものといえば、林檎箱に布を
敷いたテーブル代わりの上に、ぽつんと裸電球がぶら下
がっているだけでした。
冬というのに火の気一つないその部屋で、僕ら５人は毎
夜のように、トランプ遊びに興じたのでした。
　　　　　　　　　　　　　　（その❷に続く）