熊本の結婚相談所むつみ会のブログ

名もなく貧しく美しく、という結婚③

”良くも悪くも丸ごと愛せなきゃ、結婚生活なんてどこか
で破綻するしかない”。
それは夫婦間だけでなく、家族全体に言えることかなと
も思います。最近時折耳にするのは、優等生だった我が子
の学校の成績がが急に悪くなった途端に、親(特に母親)
が冷たくなった。子どもに対する愛情が薄くなったとかい
う類の話です。
挙句、子どもが閉じこもりになったり、グレたりとか、、、
そして親子が憎しみ合うようになり、傷害や殺人事件に発
展した例だってあります。
これなんか悲しくなるというより、心の底が冷たくなるよ
うな話ですね。
自分を振り返ってみればたやすくわかることですが、人と
いうものは美点や長所だけで成り立っているものではない
でしょう。
もしそんな人がいればお目にかかりたい。そもそもどこか
しら気味が悪いというか、無理しているような気がします
ね。まあ、大抵の場合電極のようにプラスとマイナスの均衡
で成り立っているのが人間なるものの存在感なのかなと思
います。
一見短所と思えるものも少し視点を変えれば、ご愛嬌とい
うことにもなるのかなと。
光の中にずっといることができないのが人間なのかもしれ
ません。光と影が織りなす世界のなかでこそ、安心して呼吸
ができるのが私たちなのかなとも思います。
そうなったら、家族なんてボロボロになるしかないし、
それどころか人間という存在そのものを信用できなくなり
ますね。人様に胸を張って自慢できる子どもとか配偶者し
か愛せないという、その愛情は最早、愛情などというも
のではなく、家族は自分自身の虚栄心を満足させるための
アクセサリーでしかないということでしょうか。

昔は出来の悪い子ほど可愛いという言葉がありました。
そして親はこういう風に嘆いていました。
「どうしてだろうね、困ったもんだ。まっ、親も親だし仕
方ないか」なんて、、、。
なんとも微笑ましい限りではないですか。こんなおおらか
な愛情のあり方なんて、少なくとも僕たち夫婦は大好きで
す。、、、だし、仕方ないか、、、。いやいや全くもって
親の振り見てナントカってとこですか?
僕の次兄も若気の至りで、かなりヤバくなった時期があり
ましたが、彼を最後の一線で思いとどまらせたのは何であ
ったかというと、
「俺はこの世に怖いものなんてないけどな、ひとつだけ死
ぬより怖いものがある。それはオフクロの涙だ。俺のせい
でオフクロが嘆き悲しむのだけは見たくない」。
人間と人間を分かちがたく結ぶ愛情というのはこういうも
のだと、僕は思っています。
そうして転んだり起き上がったりを繰り返しながら人は心
のひだを刻んでいき、幸運も不運も、貧しさも豊かさも、
喜びも悲しみも、良くも悪くも丸ごと受け入れることので
きる大きな器を形作っていくのではないかと思うのです。
決まり切ったモデルしか受容できない小さな容れ物はすぐ
にパンクします。ちょっとつまづいただけで破れめができ
ます。そしてそれで人生終わりになりかねません。
それに比べて、でっかい器の持ち主は、逆境のたびに、し
ょげ返ることもそりゃありますが、それを自分の成長の竹
の節に変えていきます。
悪循環とか好循環とかいいますが、案外こういうところか
ら大きな分かれ道ができるのかもしれません。

むつみ会結婚相談室にも最初の結婚が破綻して、今度こそ
幸せな結婚をとの願いを込めて入会される方が年々増えて
きたように思われます。
今時のことですから、一度や二度挫折したからといって、
もう私の人生はおしまいだ、なんてツイてないんだろうと
絶望する必要はないでしょう。
巡り合わせということもありますし、お互いを不幸な気分
にするだけの結婚生活なら、むしろサッサと潔くケリをつ
けた方がいいような気もします。
(経験値ではなく)体験値ということもあります。考える
ことは積み重ねですが、体験から得た知恵というのは、考
えて得るものでもなく、積み重ねの結論として出てくるも
のでもないと思います。またたやすく人に教えられるもの
でもありません。
自分の頭の中だけで考えたり、とてもエラい人が垂れた教
訓とかは、もちろん役に立つ場合もありますが、実際に自
分がボロボロになった時など、なんの役にも立たない場合
も多々あります。
そんな時はむしろ目の眩むような成功談より、失敗談から
示唆されることが多い。僕たち親子も、俺を見習えという
話よりも、俺の二の舞を踏むなよ、なんていうさりげない
会話がすごく説得力を持つ場合があります。そのようなも
のが体験値というのかなあ。説明不能な瞬間的な反射神経
みたいなもの、とでも言えばいいのか。
前もって理屈で組みたてた人生の設計図は狂った時にとて
も脆いような気がします。
ところが現実には、職業の選択にしても、結婚相手の選び
方にしても、どうもそんな決定論的なパターンにハマって
しまっていることが多いように感じられます。
まずシナリオありきで、人間を当てはめてゆく。僕からす
ればそれってどうも逆なような気がします。
まず人間ありきで、その人間たちが物語を綴ってゆくのが
とても自然な流れではないかと思うのです。

「清く貧しく美しく」と言っても、別に清貧のすゝめなん
てことを言いたいわけではありません。
豊かであることに越したことはありませんが、その豊かさ
を享受するにも、享受する側の容れ物の大きさが必要だと
いうことです。お金持ちになって幸せになった方ももちろ
んありますが、お金持ちになったばかりに不幸になった人
はずっと沢山いると思うのです。実際そういった人たちを
嫌になるくらい目の当たりにしてきたような気がします。
お金の襟首を掴んだつもりが、実はお金に襟首を掴まれて
いた。そういう逆説的な話は世の中に掃いて捨てるほどあ
ります。
こういう主題で何かを書いたり、話したりするときいつも
目に浮かぶ情景があります。それは結婚の幸福というもの
を僕が思うときの原風景のようなものでしょうか。
以前にも一度書いたような気がしますが、僕が小学校三年
生の時、ご近所に引っ越してきた若い新婚さんの思い出です。
                (続く)

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