歳をとりますと、とかく「歳はとりたくないな」というのが
口癖になります。
僕はと言いますと、そんなセリフを吐く人にはなんとなく違
和感を覚えます。歳をとればとったで、とったなりのご褒
美もあるものです。
人生が二度あれば、、、と、井上陽水は自分の父親や母親を
眺めて歌にしました。
♬
父は今年二月で六十五
顔のシワはふえてゆくばかり
仕事に追われ
このごろやっと　ゆとりができた
父の湯呑み茶碗は欠けている
それにお茶を入れて飲んでいる
湯飲みに写る
自分の顔をじっと見ている
人生が二度あれば　この人生が二度あれば
母は今年九月で六十四
子供だけの為に年とった
母の細い手
つけもの石を持ち上げている
そんな母を見てると人生が
誰の為にあるのかわからない
子供を育て
家族の為に年老いた母
人生が二度あれば　この人生が二度あれば
父と母がこたつでお茶を飲み
若い頃の事を話し合う
想い出してる
夢見るように　夢見るように
人生が二度あれば　この人生が二度あれば
♬
この歌を愛唱したのは若者たちでした。そういえば、学生
時代、一升瓶とギターを手にして、よく武夫原キャンパス裏
手の立田山腹に行ったのを思い出します。
熊本市街の夜景を見下ろしながらみんなで声を張り上げて
歌いました。
♬
青春はもはや来たらず、青春はもはや来たらず
さらば重ねて歌わん
青春はもはや来たらず、青春はもはや来たらず
♬
この単純なリフレインをとめどなく繰り返したのは、詩人の
国ドイツのギムナジウムの若者たちでした。
陽水の頭の中にはこの歌があったのかもしれません。
青春時代との訣別の雄叫びみたいなものなのでしょうか。
多分どの国のどの時代にも同じような歌があったのでしょう。
中国にも似たような漢詩が沢山あります。
妻も僕もいまや正真正銘の堂々たるばあばとじいじになり
ました。
”青春はこわれもの　愛しても傷つき
青春は忘れもの　過ぎてから気がつく”
ふとふりかえると　”青春”を”人生”に歌い替えているじいじ
とばあばが居ます。
”人生はこわれもの　愛しても傷つき
人生は忘れもの　過ぎてから気がつく”
青春も歳をとります。そうしますと、とかく「歳はとりたく
ないな」とか「若い時が華」というのが口癖になります。
でも、そんなセリフを吐く人になんとなく反発を覚えます。
井上陽水が両親のために歌った歌を、今度は自分のために歌
わなければならない羽目になりました。
そんなのって真っ平御免なすってといったところです。
思えば、ぼくも今年九月で七十三になりますが、人生が二度
あれば・・・・そんな感慨なんて浮かんでこない。そもそも
こんな人生やこんな時代やこんな運命がもう一回あれば思う
ひとなんて地球上に何人ぐらいいるんでしょうね？
二度あればと思う人にはきっと三度目も四度目もあるのかも。
そういう僕らの世代が高齢化し、下の世代が少子化、世界で
も稀な少子高齢のモデル社会になりました。
確かに結婚相談の方でも介護の問題が年々深刻化しているの
が手に取るように分かります。
しかしです、だからといって小さくなっている必要はありま
せん。素敵な高齢者になるのは、若い人たちには逆立ちして
も不可能なのです。
加齢臭というのも確かにありますが、年齢を重ねたものなら
ではのときおり見せる人間的芳香だってあると思います。
ぼくは年齢を隠すどころか、それを逆手に取った女優倍賞千
恵子のファンです。
出演する映画で彼女はスッピンで手のしわのアップまで堪能
させてくれます。天晴れなものです。
”下町の空に輝く太陽は、喜びも悲しみも写すガラス窓”
と歌い上げるメゾソプラノの歌声は半世紀前のように伸びや
かですが、もっと心にしみてくるように思えるのは果たして
僕だけでしょうか。