熊本の結婚相談所むつみ会のブログ

弱きもの汝の名は

弱きもの汝の名は
「五十にして天命を知る」
といったのは確か孔子だったかと思います。
彼はそのことに気づくのが遅かった、と思ったのかもしれ
ません、”五十にして、、、”というのは。
春秋戦国の乱世の時代では、もっとずっと若くして天命を
知っていた名もない庶民がいっぱいいたのだと思います。
なにせ乱世ですから無数の難民が出ます。親を亡くした子
どもたちもいっぱい出ます。庶民にとっては明日は我が身
かもしれない。だから黙って見ちゃおれない。
そんな切ない思いは天命などという大袈裟な使命感から湧
いてきたのではなかったでしょう。同じ人として当たり前
の感情、いわば条件反射のようなものですか。
この地上に充満している不幸を、自分の目の前から、少し
でもなくしていこう。それは同じような立場にあるものと
してはことさらどうこうということではありません。
恵まれた人にとっては不幸とはあくまで他人事です。同情
することはあるでしょうが、同情はあくまで同情でしかあ
りません。
孔子は五十にしてはじめてそのことに気づき、自らを恥じ
たのかもしれません。
無条件で人に与えるという行為とは一体どういうことなの
でしょう。貧しさを分かち合うという行為は一体どういう
ことなのでしょう。
人間というのはエゴの塊だとよくいわれますが、それは多
分今の人たちが恵まれているからなのでしょう。恵まれて
いるからエゴになり、いや、エゴだから恵まれているのか
もしれません。
でもエゴでいる間はいつまでたっても、いくつになっても
天命を知ることはできないのでしょう。貧しさはいいこと
じゃないのかもしれませんが、心の荒療治としてはもっと
も効き目のあるものかもしれません。
エゴは自我ともいいますが、この自我の枠組みから離れる
のは容易なことではありません。これでもか、これでもか
という痛い目に遭ってもニカワでひっついたように離れま
せん。そしてそういう人たちが難民を生み出します。
戦乱の世の中でなくても不幸な人たちは次から次へと生み
出されます。自我というのは自分が良ければいいということ
で、自分が良ければいいと、必然的に犠牲者が出ます。
そしてそんな犠牲者に同情することはないのでしょう。
そういう意味からいうと、今の人たちはとても不幸なのか
もしれません。
孔子は五十にしてそれまでの悩みから解放されスッキリした
気分で余生を送ったのかもしれません。思えばとても簡単
なことだったのに。
無条件で人に与え、見返りを求めない行為は、ギブアンドテ
イクの時代の原則に反します。しかし、ギブアンドテイクは
社会の不均衡をうみ、結果としてテイクアンドテイクになり
がちなのが現実です。そうなりますというまでもなく行き
詰まります。経済が発展すればするほど、経済そのものが保
たなくなるという自己矛盾に陥ります。貧乏人は家庭も持て
ず、世の中のお荷物になります。社会のルールの中で生きら
れないのなら、ルールの外にはみ出すしかなくなります。
そうして五十どころか、死ぬまで天命を知ることはありませ
ん。そういう世の中は内側から腐れ、崩壊していくしかない
のでしょう。
若い頃はみんな大なり小なり夢を見ます。でもなぜか夢に近
づいていく分だけ汚れていきます。周りも自分も。それは人
を足蹴にしなければ果たせない夢だからです。足蹴にされれ
ば夢は破れ、世の中を己の人生を呪います。側から見ればど
っちもどっちで同情の余地などありません。
もし汚れない夢を持つことができたら、その人の一生はどん
なに実り豊かなものとなるでしょう。五十過ぎてもどころか
七十過ぎてもかまいません。孔子ですら五十すぎて天命を知
ったのですから。
さていささか小難しい話になってしまいましたが、私たちが
自由気ままな独身生活を捨て、結婚なるものをして、家族と
いういわば面倒臭いものを持つのはなぜなのでしょう。
それはギブアンドテイクの世知辛い世の中に何か飽き足らな
いものがあって、与え合う人と人同士の暮らしのあり方に心
のどこかで惹かれているからかもしれません。
男女の愛情がその最初のきっかけですが、子どもが生まれる
とそこには思いもかけない新しい世界が待っています。子育
ては確かに大変ですが、それを補ってあまりある喜びがあり
ます。それは何ものにも代え難いものです。てんやわんやの
子育ての日々を誰かが”黄金の日々”といっていましたが、ま
さに言い得て妙で、私たちのように結婚四十年余を経て子ど
もたちがいいおっさんになっても、宝物のように思い返すの
は、よちよち歩きだった頃の日々であり、それが小学生にな
り思春期を迎え、恋愛をして結婚をする。それは何ものにも
真似のできない二人だけのオリジナルの物語です。
熊本の結婚相談所であるむつみ会は初老に差し掛かった亡き
父と母が始めました。父は早くに亡くなりましたが、母はこ
の結婚相談所の仕事がよほど気に入っているようでした。
孔子は「五十にして天命を知る」といいましたが、母は人生
の最後に結婚相談所という天命のような仕事に出会ったので
しょう。
この結婚相談所という仕事は、ただ独身男女の出会いの場と
いうだけでなく、また結婚するカップルを誕生させて、新しい
家族の門出を喜べばそれでおしまいということでもなさそう
です。少なくとも母にとってはそうでした。結婚した後のこ
とも気にかかって仕方がないようでした。自分の可愛い孫み
たいに思っていたのでしょうね。そういうわけで、晩年の母
は誰よりも幸せだったのだと思います。

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