という次第で今日は、むつみ会結婚相談所五十二年の
歳月の中で、忘れようとて忘れることのない素晴らし
いカップル、素敵な男性と女性の思い出を紹介してき
たいと思います。
むつみ会結婚相談所を立ち上げた亡き母はよく言って
いました。
「この歳になってベンキョーすることばかりだね」って。
年上の人から学ぶことももちろんありますが、うんと
年少の、自分の子どもより若い人から学ぶこともいっ
ぱいあります。
「いい年齢して、私もまだまだ修行が足りないね」
なんていうことも口癖でした。
結婚相手を選ぶとか、就職なんかもそうでしょうが、
一生の別れ道になりかねないような、そういう場面で
は人間のホンネみたいなものが出てきます。綺麗事は
通用しないのです。
ですからその人の日頃の物事の捉え方とか、人格みた
いなものがとても鮮明に浮かび上がってきます。いい
意味でも悪い意味でもです。
むつみ会結婚相談室から巣立っていったご夫婦はおよ
そ千組をゆうに超えていますから、その中で強く印象
に残っている人たちというのは、ほんの一握りかもし
れません。
その他の大勢のカップルは取り立ててドラマチックで
はなかったといえばその通りです。でもそれはあくま
で端から見てという話で、ご本人同士にとっては一生
のメモリアルポイントだったことは間違いありません。
私たち夫婦も含めてそうです。
ただ普通なら到底考えられない経緯を経てゴールイン
したカップルには、やはり深く考えさせられるものが
あります。
`
たとえば田中さん(仮名)という男性は松葉杖がない
と歩けませんでした。入会に来られた時、正直いって
これは困ったなと思いました。なにせこればっかりは
売った買ったのおハナシじゃないし、生身の相手のあ
ることですから、そう簡単に割り切れることではない
のです。
紹介する相手次第では、お見合いになる前に大きなト
ラブルになることだってあります。残念ながらそれが
如何ともしがたい現実なのです。
同情でどうにかなることではないし、また私たちにし
てもそんな気持ちで結婚してもらいたくはありません。
でも彼は初対面でハッとさせられるような雰囲気をそ
こはかとなく漂わせている人でした。
お話をうかがっているうちにそのわけが手に取るよう
に理解できました。
「僕はこの通り右足が不自由です。だから結婚が他の
人のようには簡単にはいかないことくらいはもちろん
解っているつもりです」。
、、、と話し始められました。
その様子には毫も悪びれたところがないどころか、そ
れこそ青空を思わせるように爽やかなのです。
母と僕は一気に魅了されました。顔を見合わせながら、
この人は只者ではないぞ、と思いました。
母の表情がありありとそう物語っていました。そして
おかしなことに、お話の深刻ともいえる内容とは裏腹に
もう何かずっと以前から知り合いであったかのようなフ
ランクな雰囲気が漂い始め、彼の身体が不自由であると
いう事実さえ母と僕の念頭からなくなっていたのでした。
まるで魔術にかかったかのように、、、。
脚が不自由になった経緯から話しはじめ、現在に至るま
での数々の精神的な葛藤の打明け話へと続きます。
彼にしても初対面の私たちにそんなことまで洗いざらい
打ち明けるつもりはなかったかも知れません。
そこは以心伝心というか、最初の十分足らずでお互いの
心の琴線が共鳴したのだと思います。
「最初の頃は親を恨み、運命を呪い、自暴自棄になり、
そうなればなるほど激しい自己嫌悪に陥りました。
でも悩むだけ悩み、苦しむだけ苦しんだ後、ふと気づくと
長いトンネルを抜け出ていました。なんとも言えず爽やか
な心地になり、そうなると同時に暗い気持ちに閉じこもっ
ていた今までの自分がバカらしくなりました」。
この辺りになるともう母は俯いて、ただ涙を流していまし
た。心得違いをしているような人には、会員さんであって
も容赦なく叱りとばすようなあの気の強い母がです。
でも彼はこれっぽっちも気負わず、あくまで淡々と、まる
で他人のことのように語り続けるのでした。
「体が不自由になったことで、失ったものはもちろんあっ
たのですが、よくよく考えてみれば、そのことで得たもの
だってありました。いえ、あったどころか、何か人生で最
も大切なものとは何かに気がついたような気がしました。
それは何もかにもに恵まれている人には決して与えられな
い宝物のようなものでした。
そういう気持ちになった日から、何でもないことにも感謝
する気持ちがどこからか湧いてきました。
こんなことをいったら、冗談とか綺麗事とかいうふうに思
われるかもしれませんが、今はこんな脚になったことに感
謝しています」。
`
これから死んでゆく人には二種類あるといいます。看取っ
ている人から生きるための正のエネルギーを吸い取ってい
く人と、余命いくばくもない癌の患者なのに、生き残る人
たちに元気を与えていく人。
あるいは五体満足でも、人間っていうのは世の中から落ち
こぼれることだってあります。
そんな時気持ちがどこまでも落ちてゆく人と、そうでない
人がいます。
そうでない人っていうのは、落ちこぼれてみないとわから
ない風景があるのに気がついた人だと思います。
背伸びばかりしてると視野に入らない丈の低いものの中に、
実はしっかりと大地に根を下ろしている大事なものがある
ことに気づく。
多くの人たちを感動させてやまない物語というのは、大抵
の場合悲しいものですが、それだけじゃない。その悲しみ
を突き抜けたような明るさがある。
僕は阿弥陀様の像が大好きですが、あれはそんなことを身
をもって経験した人でなければ彫れないものだと思います。
父が倒産して以来、母は筆舌に尽くしがたいような苦労を
してきました。
若い頃は何不自由のない家庭に育ってきたそうなので、殊
更貧苦が身にしみたことでしょう。
父と一緒になったばかりにという愚痴もよく聞かされまし
た。確かに母も可哀想ですが、父だってそれに輪をかけて
どんなに切なかったことでしょう。
逆境というのはさらなる逆境を生み出すものかもしれませ
ん。自分の中だけでこなしきれない苦しみには捌け口が
なくてはならないのかもしれません。
でもそれは一時しのぎにはなっても、それ以上にはなり
えません。
また自分の苦しみは周りの人たちも巻き込み、数倍の大き
さに自分に返ってきます。そうやって抜き差しならない泥
沼に両足を突っ込んでしまった人たちを数多く見てきまし
た。
そんなの結局自己責任の問題だ、の一言で高いところから
見下して済ます人もいますが、そんなものじゃないと僕は
思います。たいていの場合は自己と他己が絡み合いせめぎ
あって不幸や不運というものは人を苦しめるものです。
でも、未来や自分を信じることができたとき、突如として
新しい風景が目前に広がってきます。
問題はその「信じる」ということであって、99%までは行
けても最後のたった1%がなかなか乗り越えることできな
い。そんな1%の間隙が満たされたとき、初めて苦しみは
飽和となって、心の奥の中で化学変化が起きるものだと思
います。心は物理的な積み重ねではなくて、化学的に化ける
ものだと思うのです。
(続く)
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