熊本の結婚相談所むつみ会のブログ

上海にて、、父ありき

・・・・・・
うらうらと 山肌に
抱かれて 夢を見た
あの頃の想い出は
ああ 今いずこ
・・・・・・
・・・・・・
晴れた日は 晴れた日は
船がゆく 日本海
海の色は碧く
ああ 夢は遠く
・・・・・
美空ひばり(米山正夫作詞曲)になる
この歌が好きだ。
ぼく自身の人生とオーバーラップするからじゃない
父母の人生とかさなってくるからだ。
父は明治生まれで,狭い日本にゃ住みあきたとばか
りに中国大陸に雄飛した。
陸軍軍属の特務機関員として活躍し、その後貿易商
に転身した。
陸軍といっても特務機関は戦闘部隊でなく、
主業務は中国の人民の民意の把握だ。中国語が堪能で、
単身潜入し民意を探る。場合によっては、親日の現地
人のゲリラ部隊を編成したりもする。
要するに中国人との親和をはかるのが仕事である。
だから、中国人に威丈高な憲兵や特高警察とはよく衝
突した。
人間というのは権力を与えられると、いとも簡単に自
己錯誤におちいるものらしい。彼らがその典型だ。
権限をかさにきて、理不尽の限りを尽くし、
中国人の対日悪評をばらまいた。拷問等など過酷を極め、
見るに見かねて、助け船を出したのは、一度や二度では
なかった。処刑は銃殺でなく、日本刀で斬首が主だった。
血生臭い話で恐縮しごくだが、
なんでもコツがあって、包丁で刺身をひくようにスーと
手前に引けば、すとんと首が落ちるとか。
見た目は残酷だが、処刑される身になれば苦しまないで
済む、切腹の場合も、介錯は武士の情けである。
軍属とはいえ中尉待遇だから、やめろと言えば向こうも、
すごすごと引っ込むしかなかった。
とにかく融和をはかりたい特務機関と憲兵、特高らとは
水と油であった。
当時の中国情勢は日本人の想像を遥かに超えた混乱ぶりで、
日本軍に欧米列強、それから蒋介石、中国共産党などの
大小無数の中国軍閥が入り乱れていた。
中国人民にとっては、どの軍隊がどうのこうのの問題でなく、
殺戮略奪強姦をしない秩序のとれた部隊がいい兵隊さん。
ただそれだけの話。
そんななか日本軍は規律がとれていたが、いつの世もそうだが、
人それぞれである。
父母は中国人が大好きで、上海から引き上げる時は中国人と
お互いに涙を流して,別れを惜しんだものだと、
事あるごとに話していた。
一部分だけを誇大して、事実を歪めるのが世の常とはいえ、
柔軟な視点と,豊かな情と、イメージの広がりは忘れたく
ない、と思う。

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