熊本の結婚相談所むつみ会のブログ

もしもあなたがこの村を愛したならば

”もしもたくさんのわたし(たち)が、この村を愛する
ことを知ったなら、まだ間にあいます。
人びとを引き裂いている非道な力からこの村を救えます、
きっと。”
     <もしも世界が百人の村だったなら>より

もしも「この村」を、「この国」、「この世界」
に言い換えたらどうなのだろう。ちょっとねえ無理して
る感じがどうしてもつきまとう。
なんか爪先立ちの踊り子みたいに背伸びしてるみたいに。
国にしても世界にしても、記憶レベルの歴史(民族記憶っ
てのかな?)が浅すぎるし、非日常的すぎるしねえ。
逆に「この家族」にしたら、もうそんなこと当たり前とい
うか。とても自然な感じ。
「この夫婦」や「この恋人」にしたらどうだろう・・・。
憎しみや非道がそこに割り込んできたら、破局に向かって
一直線だよね。
もしもたくさんのわたし(たち)が、
たくさんのこども(たち)だったらどうなのだろう?
というか、いつの間にたくさんのこども(たち)が、
たくさんのわたし(たち)にすり替わったのだろう?
たくさんのこども(たち)が、たくさんのママやパパや
バアバやジイジや妹やニーニーを愛さないとしたら、
それはもうこども(たち)じゃないんだよね。

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