熊本の結婚相談所むつみ会のブログ

さようならは弾丸に

”生ひたつにつれ牢獄(ひとや)の影は、
われらのめぐりに増えまさる”
われらのめぐりに増えまさる牢獄の影・・・
とは一体何であったか?
それこそが僕たちの目に見えなかった(意識できなかった)
ものなのだろう。
だから、こぞって反体制を叫んだ、若き学生だった僕たち
がほどなく体制内反体制に生まれ変わっても、そんな自分
を大して怪しまなかったのだろう。
その点では、天皇陛下万歳が一夕にしてデモクラシー万歳
に豹変した戦中派とさして変わらない。
どちらもいわば同じ小さな歴史の一ページの裏と表に過ぎな
かったわけなのだろう。
``
(牢獄化した)日常をひたすらに生きている人たちの双眸に
には、幻想となった小さな影しか映らない。矮小化された歴
史の姿に欺かれ続ける。
いつの間にか実体からかけ離れたフィールドに自分を当て
はめる。そこにおいては実体が幻想や観念に化け、幻想や
観念に過ぎないものが実体らしく見えてくる。
歴史の一ページを開いたまま眠りこけている姿が現(近)代
人なのかも。
``
銃を撃ちまくって出来上がったのが今の時代である。弾丸が
主役となった理不尽な物語の数ページの上を人々は生きざ
るをえなかった。
そしてそのページをめくるのも銃口の指先である。やがて、
ガンとマネーが一つ穴のムジナ(富国強兵)となって国家
なるものが生まれ、その中で民衆は一人の人間から一個の
コマとなっていった。
``
だがどうやら、そんな狂気と倒錯の時代もピリオドを迎え
ようとしている。殺戮のための破壊兵器は核によって自己
矛盾に陥り、女子供老人の無差別殺戮によって大義名分を
失った。
資本主義的合理主義は費用対効果でしか動かないから、
フロンテイアの飽和(フィナーレ)が必ず来る。
水とか種子とか空気はフロンテイアにはなりえない。
それはマネーがタコのように自分の足を食らってるような
もんだからだ。
``
僕の人生がもうすぐ終わるように、ガンとマネーの人生も
寿命が尽きた。
ガンとマネーは人間の内部に寄生したウイルスだったが、
コロナはガンとマネーの世界に寄生するウイルスなのかも
しれない。そして新しい時代が・・・・・。
``
さようならは弾丸に
(Nothing says goodbye like a bullet)
さようならをいうのは、しばしの間死ぬことだ
(To say goodbye, but it die a little while of)

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